むらさき色とグレー

ノンセクシャルの灰色なアイデンティティをいろいろ考えてみる

「それでも恋愛したい」問題

皆さんこんにちは、そふぃです。

めちゃくちゃご無沙汰してしまいすみません!

 

今日は私の中の「それでも恋愛したい」問題について書こうかなーと思います。

 

突然ですが、先日私と似たセクシャリティの男性と某マッチングアプリでお知り合いになりました。

趣味も合うところがあり、恋愛に対するスタンスも同じなので、仲良くなってあわよくばこのまま気の合う人生のパートナーとして取って食えるかも知れない(笑)と思い何回かお会いしたんですけど、だんだん違和感が大きくなってきたというお話です。

 

というのも、気は合うかも知れないけれど、私はその方に恋愛的なときめきは感じなかったからです。

 

これ、自分でも「凄い矛盾してるなー」ってつくづく思います。

恋愛感情がわからないのに恋愛をしたがる自分が本当にわかりません(泣)

(なので前回と今回の記事で言っていることが矛盾しているところもあるんですが、現時点では全然うまく説明できません、すみません!><)

 

正確に言うと、性的欲求が絡む恋愛感情がわからない、ということなんですね。

先日の記事にも書いた通り、私は恋愛感情を抱いたこと自体はあるのです。

 

それがキスハグしたい、セックスしたいとはならないだけで、ドキドキして苦しくなる類の「好き」はどういうものか、大体理解はできてしまうんですよね・・・。

で、今回は特にそうは感じなかった、と。

 

ほとんど泥沼化していた過去の恋愛感情を思い出して、逆に、どれだけ当時好きだった人にのめり込んでいたのかを実感しました・・・(苦笑)

 

「私は過去にある人に対してこんなにも『好き』という感情を抱けていたことがある!だから今回抱けないのはおかしい!」という風に、過去と現状を比べることができてしまっているんですね><

これが私にとって恋愛感情があるノンセクであることのやっかいな部分ですね!

 

そして恋愛感情に溺れるって、自分がどっかの世界の主人公になったみたいでそれはまた楽しいんですよね・・・。なので、せっかくマッチングしてお付き合いするなら、楽しみたいっ!ていう欲があったんだろうかと。

本当に色々高望みして何様だよって思います・・・TT

 

話は変わりますが、過去に好きになった人や惹かれた人に対しては、どこがそんなに魅力的に感じたのかも考えてみました。

で、昔読んだ記事を色々と当たっていたら、答えになる面白い言葉を見つけました!

その名もエステティック・アトラクション!!!

なんじゃそらヨという響きですが、英語にするとAesthetic Attractionで、直訳すると「外見的な魅力」という意味のようです。これはThe Asexual Visibility and Education Network (AVEN) という団体が公開している記事で見つけました。↓

http://wiki.asexuality.org/Attraction#Aesthetic_attraction

英語で色々と書いてあるんですが、頑張って読んでみると、魅力にも「恋愛的魅力」「性的魅力」のようにいくつかあり、そのうちの一つが「外見的魅力」ということのようです。

 

うん、私、面食いやったんや・・・。

 

面食いとは言わないまでも、立ち姿や雰囲気とか。

でも記事の中では、このエステティック・アトラクションというものは特に恋愛感情に紐づいているわけではないらしく、例えば好きな音楽を聴き続けたり綺麗な絵とかをずっと鑑賞したいと思うように、ただただその人の美しさを良いものとして感じ取りたい、といった感情なようです。

私の場合もこの感情は確かに当てはまると思いますが、過去にはそれが「恋愛的魅力」に比較的繋がりやすかったケースが多かったんだろうなと思います。

 

という風に考えると、私の場合は、外見的魅力に関してはわりと第一印象で認識することが多かったので、そこから恋愛感情に繋がったということはそれはいわゆる一目惚れというヤツだったのでは・・・と、今更ながら自覚しています(苦笑)

自分であまりロクな惹かれ方じゃないなーと思います><

ちゃんと中身で人を見られる大人になりたいです・・・。

 

皆さんが他人に惹かれるポイントはどんなところですか?

 

それでは、今回もここまでお付き合いいただき、ありがとうございました! 

 

 

ノンセクにとっての友情

皆さまお久しぶりです、そふぃです!

今日は友情についての私の考えをまとめておきたいと思います^^

 

ちょうど一週間前、約半年間ずっとわくわくしながら追いかけてきたアニメBANANA FISHがあの衝撃のラストを迎え、そのロス状態の中で改めてアッシュと英二の友情について考えていました・・・T T

 

そしてそのまま友情全般について考えるに至ってたんですが(笑)、たまたまそのタイミングで辻村深月の「盲目的な恋と友情」という本を読んだんです。

小説の後半では、上手く色恋の世界に入っていけない、いわゆる「女らしさ」を演じられない女性が、「恋には溺れるが友人である自分のことは大事にしてくれていない」と感じさせる同性の友人に対して、「なぜ自分という感謝すべき友人よりも恋人を優先するのか」といったことを延々と思い続けます。

 

この女性は私と似ている、と思いました。

 

私も色恋の世界が苦手です。ノンセクであることはもちろんその理由の一つです。

恋愛感情というものがよく理解できない私にとっては、「好き」という感情は誰に対してもほとんど等しいものです。

その中で「好き」の度合いが強かった人も何人かいましたが、それは「人間として好き」であるからということが多かったのでした。

 

この感情の対象には、男女の違いは特に無いのかなーと感じます。なので、例えばすごく仲が良くて、すごく好きだと思う女友達だっているわけです。

 

でも、その友人には彼氏がいる。

休みの日に彼女が主に時間を一緒に過ごすのは、私ではなく彼。どれだけ私が彼女を人間として好きだと思っても、友人にすぎない私が彼女と四六時中時間を共にするのは、世間からは少しおかしく映るかもしれない。

 

でもなぜ、彼女の彼は、「恋人」というだけで、私ではおかしいことも、当然のように受け入れられてしまうのだろう?なぜ彼女を独り占めにする権利が与えられるのだろう?

なぜ、私は「友人」というだけで、彼女の「恋人」より彼女から遠い存在になってしまうのだろう???

 

「恋人」>「友人」といった風潮を理解できないことが多いです。

 

今回読んだ小説には、この疑問がそのまま書かれていて驚きました。

 

そんな時、同じタイミングで、河合隼雄の「大人の友情」という本を読む機会がありました。

その本は上の疑問に対して、こういう風に答えています。

 

動物に友情はあるだろうか。ひょっとしてあるかも知れないが、それほど多くの例があるわけではない。しかし、オスとメスが発情期にお互いにひき合うのは、自明のことと言っていいだろう。それを「恋愛」と呼べるかはともかくとして、オスとメスの結合は、すなわち種族保存へと繋がるので、オスとメスの吸引力は、絶体絶命と言ってもよいほどだ。

人間も動物の一種である。(中略)恋愛の場合は、このような動物的基盤を持ち、身体まで突き動かされるので、強力なのは当然である。

               河合隼雄「大人の友情」47ページより引用

 つまり恋愛は、友情よりも生理的な感情だから強いというわけのようです。これは何となく納得させられるような、させられないような理屈ですね><

 

どちらにせよ、「好き」の形が必ずしも恋愛感情として現れない私のようなノンセクにとっては、友情は本当に大切なものです。だけど、恋愛>友情のように捉えられる中で、友情のみを大事に持っていても、寂しさを感じる時もたくさんあります。

 

このジレンマとどうやって上手に付き合っていくのかが今の悩みです(^_^;)

「恋人」ができたらこんな悩みもどっかに行くんでしょうか?( ̄^ ̄)

対面、ついに・・・!

こんにちは、そふぃです。

先日ついにマッチングアプリでやりとりしていた内の一人と会ってきました!
結論から言うと・・・相手には申し訳ないけど、生理的に無理って、こういうこと!?(−_−;)

ここからはその方をAさんと呼ぶことにします。

それまではメッセージも毎回結構長文でやりとりしてて、その時の印象は特にヤリモクでもなさそうだし無害そう・・・といった印象でした(どんな印象だよ)。

ちゃんと話題一つ一つに返信してくれるところからも、誠実な人なんかな?と思わなくもなかったですが、返信するのがたまーにめっちゃめんどくさくなったり。笑


特に不可も無ければ可も無く、といった感じで対面の日を迎えました。

そしてドキドキの待ち合わせの瞬間!!!!!










・・・え、小っさない??





アプリのプロフィールではAさんは私より数センチほど身長が高いことになってたんですけど、実際に対面してみると、微妙に私の方が高い。

私は身長が男性より高いこともしょっちゅうで、その上で勝手な事を言ってるのは百も承知ですが、自分より身長が高い人にしかときめくことってほんっっと無くて(この時点ですでに理想の出会いは奇跡に近い;_;)。

恋愛感情はあるからか、三次元男性に対してもキュンとくるポイントがあり、それが高身長なんです。あと声ですね。それが私が唯一知る私のタイプ(逆にそれ以外の基準はゆるゆるで、それを知るためにアプリを始めたところもあります)。

私がこういう事を想定せずに相手のプロフィールを鵜呑みにしていたのも悪いんですが、私よりも身長が高い事を当然のように期待してしまっていて、その分がっかりが大きかったです・・・><
一目見た瞬間、「あ、無いな」と。泣
自分の事は思いっきり棚に上げておりますけれど。笑



いや、でもやっぱり身長はサバ読んでたよなーー・・・。男の人のプライドってよくわからないけど、私みたいに少しばかり身長に敏感な人間にはすぐにわかってしまうようなごまかしをわざわざするのがなんか嫌だなと思ってしまいました。

そしてそこからは地獄のランチタイム。その時にちょうどタイミング悪く、毎月来る重い生理痛を発動していたこともありテンションもだだ下がりMAX、話も面白いほど盛り上がらないし。笑

まさにその瞬間のミッションは黙々と目の前の皿を平らげ、1秒でも早く帰ること!笑


地獄の一時間を何とか終え、そこから連絡も取っていませんが、その代わり色々得るものも多かったので、まぁいいかな、と最近は思えてきました。
まずは、身長も含め、自分が思っていた以上に外見って自分の中で大事だったのかと、自分で少しびっくりしました。あまり相手の外見にはこだわらない方だと思っていたので。どこかで妥協も必要なのは百も承知なんですけど・・・。

あとは、やっぱりどれだけメッセージを重ねて会っても、結局は自然な流れで何かコミュニティを共にして出会った訳では無いので、情というか、そういうものが湧かなくて、最後までそもそもAさんに興味を持てませんでした。その点では、他人に対してある程度の関係が積み重なってから恋愛感情を持つというデミロマンティック↓の気もちょっとあるのかなーと思いました。


ミロマンティックはデミセクシュアルに似ていますが、性的欲求はあるものの、恋愛感情を抱きにくいタイプです。

恋愛感情をはほとんど抱かないのですが、「強い感情的な絆がすでに築かれている関係」の人を好きになることが稀にあります。

一目惚れや出会って間もない人に対して恋愛感情をもつことはなく、ロマンティックなシチュエーションも苦手です。恋は盲目といいますが、自分がコントロールできなくなるほど恋に溺れることもありません。

幼馴染や長い付き合いの友人など、心を許した関係の相手への愛情が恋愛感情に発展するケースが多いようです。

デミロマンティックにスコリオセクシュアル――無限にうまれる新時代のセクシュアリティ | maholafiaより引用

そういえば前好きだった人とは一緒のサークルで活動しててすごく仲良かったんだよなぁ・・・(遠い目)

今回は色々と長くなってしまいました。
諸々の事情で一旦マッチングアプリはストップしようかと思ってますが、再開したらその都度報告できればと思います!

andropのライブにて。

皆さんこんにちは!

前回から話題も逸れていきなりですが、先日私の大好きなロックバンドandropのライブに参戦してきました。

もう、ほんと、良かったっっ・・・!!!!!(;_;)

そこで聴いたVoiceという曲の歌詞が、いつも以上に今の私にものすごく刺さったので、何らかの形でその時の気持ちを記しておきたくて。

www.youtube.com

前回書いたように、最近ずっと揺れてました。

ノンセクであることを数年前に自認して、その時は自分が自分であることを受け入れられたように感じて随分楽になって、それからはノンセクである自分の生き方も少しだけ誇らしく思えるようになってきていたけど、他の大多数の人が理解できる感覚を理解できないことに対するコンプレックスはどうしてもどこかにあって、だんだんノンセクであることにも自信がなくなってきて・・・。

現在の某マッチングアプリによる恋活だって、ノンセクだと思っている自分自身を騙して無理に恋愛に身を投じようとしているし。

恋愛至上主義に抵抗していると言いながら、恋愛至上主義に支配されていたのはまさにこの私でした。

前はもっと、自分らしく生きていられたような気がしたんだけど、どうにも最近は自分を自分で騙しているような、自分のことが好きになれない日々にモヤモヤしてました。

でも、先日のライブで、いつも聴きなれていた下の歌詞を改めて噛みしめました。

 

“今 誰の代わりもいない君の 生まれた声を聞かせてよ
どこにも代わりのいない君が 信じた声で叫んでよ

今 君は君で在るから
何したって良いんだよ
君が決める終わりだって始めだってあるから

君がいる世界なら
もうずっと離れないから
夢も嘘も愛も闇もずっとずっと忘れないでよ”

 

あ、いいんだ、と思いました。

人と違う感覚を持っていることも、わからないものはいつまでたってもわからないと感じてしまうことも。

私達ノンセクの感覚は大多数の人からすれば馴染みのないものかもしれないけど、こういう私達だって存在していいし、そんな私達を誰にも否定なんかできないって、改めて思ったんです!!!!

うまく言えないけど、こういう風に思わせてもらって、ちょっと楽になれたし相変わらず胸が熱くなったライブでした。応援してます、androp!!!

と、言いたかった今回の記事でした(^o^)

 

次回からはまた婚活のこととかちょくちょく報告できたらと思ってます!

ノンセクと恋(婚?)活

こんにちは、そふぃです。

なんの気の迷いか、先日某マッチングアプリを始めました笑

ここに至るまでには、色々な考えがあります。

 

まず、私は結婚願望があるノンセクです。子供は特に欲しいとは思っていませんが、精神的な安定とか人生の楽しさとかを考えて、やっぱりパートナーがいると良いかもなあとか思う時があります。

結婚だけなら友情結婚でも良いんじゃないかと最初は思いました。

でも、なんだかんだ言って恋愛至上主義の世の中に生きていて、コンプレックスやプレッシャーは、抗おうとしてもどうしても今まで無視できなかった。私の性格上、影響されまいといくら努めていてもどこか周りの風潮に影響されてしまうところはあります。

みんなが当たり前に経験している恋愛を経験していないのは人間として欠陥があるように思ったり、そしてそこから自分に自信が無くなっていったりしてました。

私は今のところ誰ともお付き合いした事もなくて、そんな私がノンセクだといくら主張しても、世のお固い人たちには「まだ本当に好きな人に出会ったことがないだけ」とか「経験してみないとわからない」とか言われることも無きにしも非ず。

そして実は、私自身「ひょっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとしたら、・・・・・・そうかもしれない」と、少なからず思ってるところはあったのかも。

今まで性行為はしたことないので、単純にそれがどんなもんか知らないだけで、特にやりたいとも思わないけど、やってみたら案外楽しめるのかもしれない、とか思ったり。

というか単純に、実際に経験してみようと思うだけのエネルギーはまだ残っているので、それなら経験してみてから自分のセクシャリティを再確認するのも一手かもしれない、という感じ。どこかで私自身も、経験もないのにこれから先もノンセクだと名乗っていく事に自信が無くなってしまったのかもしれません。残念ながらそこまで強くなれません。

 

揺れてます。

そして、思いました。

恋愛至上主義という憎きマジョリティ(笑)に対抗するために、あえてその中に入っていってみるのも、策の一つとしては悪くないかもしれないと。

世の中の風潮に抗うっていうのは、やっぱり疲れる行為なんですよね。たまにはもうただ何も考えずに、その風潮に乗っかっていけたら楽なのにと思います。

で、乗っかってみようと。笑

 

一応アプリの自己紹介文にはやんわりとノンセクであることは言及していますが、さて、一体やりとりをしている男性のうちどれだけがその一文をしっかりと記憶しているでしょうか!!

期待はするだけ無駄でしょう。

 

また、過去にロクに恋愛経験もないため、好みの男性のタイプさえもわからない状態で、正直そんなふわふわした状態でヘテロの男性とやりとりするのは恐怖でしかありません。泣

でも、本当にこれから結婚を目指してやっていくなら、そのタイプを知るということも大事なことだと思うので、とりあえず「恋愛を経験する」ことを目的にして、考えるより行動あるのみでやってみようと思ってます。

 

よければ私の恋(婚?)活奮闘記、お付き合いいただければ嬉しいです。笑

絶賛現在進行形ですのでまた近況報告しますー!

それでは。

続・私がノンセクだと思ったきっかけ

こんにちは!前回の記事を書いてからすっかり時間が経ってしまいました。

でも懲りずにまたぼちぼち続けていけたらいいなと思ってます。

 

さて、私がノンセクだと思ったきっかけってことで、前回からの続きを書こうかと思ったんですが・・・。

ごめんなさい、時間が経ちすぎて何を書こうと思っていたかすっかり忘れてしまいました!!泣泣泣

 

大まかなあらすじとしては、前回の記事に書いたように、好きな人が居たんだけどそこからキスハグそしてまたその先というステップを踏んで行きたい!っていう思いが本当に薄くて、それで、「あれ?自分ってちょっと周りと違う・・・?」と思い始めた、ということなんですけども。今改めて思い返すと、前回から付け足すことも特にないという事に気づきました・・・。笑

 

ただ、面白いなと思った事が当時一つありまして。これは実は、私が「自分は割とマジでノンセクかもしれない」と自分の中で納得するきっかけになりました。

私はオタクと言わないまでも、漫画とかアニメは結構見る方で、その中でキュンとくるカップリングってやっぱりあるんですね。ただ、そういう自分の中の「萌え」は、大抵、恋人よりもむしろ親子のような異性同士のキャラクター達に対してでした。

例えば、私は銀魂が結構好きなんですけど、銀さんと神楽とか。同じ屋根の下に住んでるけども少なくとも公式の中では何も起きず、それでもお互いのことを本当に信頼し合っている。

あとは、ブラックジャックの、BJ先生とピノコとか(これが個人的にどストライクです)。ピノコはBJ先生に恋愛感情持ってますけど、BJ先生はむしろピノコのお父さんみたいな感じで、ピノコとはまた違ったベクトルでとてもピノコのことを大事にしてる。

ああいう恋愛が絡まない、むしろ家族愛みたいな絆で繋がってる関係すごい羨ましいです。羨ましすぎます。むしろそんな若くてカッコいいお父さんが欲しい!!

こういう「他人だけど家族」みたいなシチュエーションにグッとくることが前々から多かったので、自分ノンセクかもと思った時に、「ああ、恋愛関係のカップリングに萌えなくて、家族愛の方がキュンキュンするのは私がノンセクだからか!」と、無茶苦茶な論理ですが自分の中ではとても納得したことを覚えています。

 

あくまで個人的な感想なので一般的に参考になるかはわかりませんが、とりあえずどうやって自分がノンセクシャルである事に対してピンときたかという事を、ここに記しておきたいと思いました。

 

次は、唐突ですがノンセクを自認しながらも色々な理由でとりあえず始めてみた某マッチングアプリによる恋活について少し記事にできればと思ってます。

 

2018.12.30 追記

この記事の最初に何を書こうか忘れていたことを、やっと思い出しました。

 

好きな人がいた当時、私は特にその人と恋人同士になりたいと思っていたわけではありませんでした。

どちらかと言うと、私はその人にとって同志のように信頼しあえる存在になりたかった。ソウルメイトみたいな感じでしょうか。

恋愛感情で結ばれた関係は、どうしても不安定なものに感じて、不信感を抱いていました。

 

私の恋愛に対する不信感の原因は、そもそも私の両親が小さい頃に離婚したことからきているように感じます。

両親は恋愛結婚だったものの、私が物心つく前に別れ、それからは、一緒に暮らす母は、私がほとんど記憶にもない父の悪口ばかり。

たとえかつて繋がっていたとしても、こうやって離れていく恋愛感情なんて信用できないな、と思いながら育った気がします。

 

なので、私が理想とする関係は、不安定な恋人ではなく、継続性の高い友情(それもワンランク上の崇高な)でした。

 

ずっとこのことを忘れていましたが、思い出してここに記せて一安心です。

 

 

 

私がノンセクだと思ったきっかけ

こんにちは、そふぃです。

最初の記事を書いてまたすぐに次の記事をアップロードするつもりが、色々とバタバタしてしまいました。

気を取り直して、今回は私がノンセクシャルと自認したきっかけを振り返っていこうかと思います。

 

まず、前回の記事でも軽く触れましたがおさらいとして。

 

ノンセクシャルは、他人に恋愛感情を持つことはあっても、その相手に性的欲求は抱かない人のことを言います。ちょっと違うグループとしてアセクシャルがいます。アセクは他人に対して恋愛感情も性的欲求も持たない人を指します。

ちなみにノンセクシャルは海外ではロマンティック・アセクシャル(romantic asexual)と言われていて、アセクシャルはアロマンティック・アセクシャル(aromantic asexual)と言います。

個人的には、aが付くか付かないかだけなんでこっちの方が分かりやすいです(^_^;)

 

「他人に性欲を抱かない=性に関するもの全てに対して興味がない」のか?と思う人もいるかと思いますが、厳密には少し違うんですね。アセク・ノンセクでも性欲自体はある人もいます。

大事なポイントは、「実際に自分が誰かと性的行為するのはちょっと・・・」と思うのが他のセクシャリティとの違いかと^^

逆に言えば、アセク・ノンセクを名乗るのに性欲の有無自体は関係なくて、その性欲が他人に向いているかそうでないかが重要だ、という認識でいます。

 

ノンセクについてのわかりやすいまとめを見つけたので、貼っておきますね!

ノンセクシュアル【2018年版まとめ】ノンセクの説明をするのが面倒な人のために - NAVER まとめ

はい、すいません、説明が面倒でした・・・笑

 

前置きが長くなってしまいましたが、私の場合はというと。

実は数年前に好きな人がいました。もともとロクに恋愛経験もなくて、アピールとかは特にしなかったんですけど、なんかすごいその人が好きで。

 

で、やっぱりもし想いが通じたらどうなるかなーとか、若干乙女チックな妄想に至るわけですよ。笑

でも妄想の中でも、キスとかセックスとかはあんまりピンとこなくて、その結果、「じゃあ私のこの熱い気持ちは何!?」みたいな状態に陥りました。笑

 

自分の信じる恋愛感情が世間で言う「恋愛感情」なのかわからなくなったんです。その結果「恋愛感情とは何か?」というようなことを四六時中考えていました。

こんな哲学的な質問を当時は時間があればすかさずGoogle先生に聞いていましたが、そこで目にした大抵の答えは、「その人と行為に及びたいかどうかという気持ち=性的欲求があればそれは恋愛感情」みたいなものでした。

でも私は別に触れたりキスしたりその先をしたいともあんまり思いませんでした。

 

簡単に言ってしまえば、私の中で恋愛感情と性的欲求は別物だったんですね。でも、一般に言う「恋愛」は、その二つを区別してないことが多いと思うんです。だから混乱したんだと思います。

 

長くなりそうなので次回に続きます!